名古屋地方裁判所 昭和27年(ワ)1640号 判決
原告 株式会社加藤兵三商店
被告 南出久雄
一、主 文
被告は原告に対し金五万五千円を支払え。
原告の其の余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し、別紙目録<省略>記載の家屋を明渡せ、被告は原告に対し昭和二十七年十一月一日より右家屋明渡済に至る迄一ケ月金一万円の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、其の請求の原因として、原告は陶器の製造並輸出業、被告は陶器の上絵付業者であるところ、原告は昭和二十六年一月四日被告に対し別紙目録記載の建物を賃料一ケ月金五千円毎月末日払とし、賃貸借期間を昭和二十六年十二月末日迄と定めて賃貸した。而して右賃貸借については、被告は右建物内に於て原告の専属工場として、原告の製品の上絵付焼成を専ら行い、原告以外の者の註文による仕事をしない事を条件とした。然るに被告は昭和二十六年三月に至り、右契約に違反し、原告以外の者の註文を受け仕事をするに至つたので、原告は被告に対し右契約違反を責めたところ被告は、同月十三日原告に対し今後は絶対に原告以外の者の仕事を引受けないこと、若し之に違反したるときは原告の申入次第一ケ月以内に本件家屋を原告に明渡すことを約した。然るに、被告は其の後も態度を改めず依然として原告以外の者の註文を受けて仕事をしているので、原告は屡々被告に対し右家屋の明渡を求めたが被告は之に応じないので、已むを得ず本訴請求に及んだ。仮に原告の右家明の明渡を求める理由が認容せられないとしても本件家屋は昭和二十六年十二月末日迄の期限付にて賃貸したものにして、更新するについては当事者協議の上之を決定する旨の特約があつたところ、右期間満了の際原被告は賃貸借を更新する旨の合意を為さなかつたから、右賃貸借は昭和二十六年十二月末日限り終了したものである。従つて被告は此の点から云つても原告に対し、本件家屋を明渡すべき義務がある。尚本件家屋の賃料は昭和二十七年四月一日より改定せられて爾来一ケ月金一万円となつているから、被告に対し昭和二十七年十一月一日以降右家屋明渡済に至る迄一ケ月金一万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求めると陳述し、被告の抗弁事実全部を否認し、本件家屋は原告会社が昭和二十四年建築し、原告会社の白壁分工場として原告自ら使用していたものであつて、被告の父南出久造は本件家屋の建築につき何者出捐をしていない。被告は父南出久造死亡後、原告会社の下請工場として、独立して上絵付業を経営したいから本件家屋を賃貸せられたい旨原告会社に申出たので、原告会社は、被告が本件家屋に於て他の業者の仕事を為さざること及び若し業界不況の為被告に於て原告会社の提供する仕事のみを以て工場を経営することが出来ない状態に立至つた場合には直ちに本件家屋を原告に返還して退去することの条件の下に、本件家屋を被告に賃貸したのである。被告主張の変圧器、変電設備、電気窯等の設備は工場備付けのものであるところ、之等の物は消耗も激しく、使用する者の如何によつては其の程度も著しく違うので、被告が本件家屋を賃貸するに当り、原被告協議の上被告が金二十万円にて買受けることにしたのである。昭和二十六年下半期頃より陶器の貿易が不況になつたため、其の頃より原告が被告に提供する仕事の工賃が低下したことはあるが、原告が被告に仕事を提供しなかつた事実はない。原告は常に被告に対して仕事を提供していたに拘らず、被告は工賃の低廉なることを理由として原告の提供する仕事の引受を拒んでいたのであるから、原告会社の仕事のみによつて被告の工場が経営出来ないとすれば其の責は被告に在る。昭和二十六年一月より昭和二十七年十月迄の間に於ける被告の仕事量(原告会社の分)及原告会社の内工場に於ける仕事量は別表<省略>の通りであるが、之によつて被告が原告の仕事を引受けない為、原告会社内工場に於ける仕事量が増加していることが明らかであると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中、原告及被告の職業が原告主張の通りであること、被告が原告より本件家屋を原告主張の如き賃料、期間及条件にて賃借したること、被告が原告主張の如き、原告以外の者の仕事をしないこと及之に違反したるときは原告の申入次第一ケ月以内に本件家屋を明渡す旨約したること並に被告が原告以外の者より註文を受けて仕事を為したる事実があることは、孰れも之を認むるも、其の余の事実は否認すると述べ、抗弁として、本件家屋は原告の完全なる所有ではなく被告も本件家屋につき一部の権利を有するものである。即ち本件家屋は原告の専属の上絵付焼成工であつた被告の先代亡南出久造が、原告会社の仕事をする場所を建設する為に、原告と協議の上、原告が名古屋市復興金庫から金三十二万円を借受け、不足分は南出久造が支出して昭和二十三年十一月十五日之を建築したものである。而して南出久造は右復興金庫よりの借入金は同人に於て順次返済して行く意思でいたところ、同人は之を果さず昭和二十四年十月三十日死亡するに至つた。茲に於て被告は南出久造の後を継ぎ本件家屋に於て原告の製品の上絵付焼成の仕事を為し、本件家屋の賃借料名義にて一ケ月金五千円宛支払つて来たが、之は純然たる賃料ではなく、前記復興金庫からの借入金があるため、原告は被告に支払うべき工賃より昭和二十七年三月分迄毎月金五千円宛差引いたものである。尚原告は同年四月分より同年十月分迄は毎月金一万円宛家賃として差引いたが之は原告が一方的に為したものであり被告は家賃値上を承認しない。被告は本件家屋に於て工場を経営する為に、毎月電気、瓦斯、水道、燃料其の他雑費として約金五万円、工員等の人件費約金八万円を要し、之に保険料及被告方一家の生活費を加えると被告の一ケ月の収入は最少限度二十万円なければならない。更に被告は昭和二十六年一月四日原告より本件家屋備付けの三十キロ変圧器二基、変電設備一式、四十五キロ電気窯二基を買受け、此の基本料金に毎月一万二千円宛支出して居り、又右機械等の改造費として金十七万円、中部配電株式会社への切替申請費用として金五万円を夫々支出した。斯様に被告は本件工場を経営する為に多額の経費を要するに拘らず、原告会社は昭和二十五年末頃より業績振わず昭和二十六年夏頃よりは著しく其の業績低下し、為に被告経営の工場に廻す仕事も到底被告の工場及生活を維持するに足らないものであり、而も其の工賃すら殆んど支払わない状態であつた。斯様な状態であつたので被告は工場並に生活を維持する為已むなく原告以外の者の仕事をせざるを得なくなつた次第で、被告が斯る処置に出でたのは真に已むを得ざるものであり、其の原因は一つに原告に在りと謂わなければならないから、被告の右所為は契約違反とはならない。殊に本件家屋は前記の如く被告の先代南出久造の多大なる努力により建築されたものであり、更に被告は前記の如く原告より本件家屋備付けの三十キロ変圧器二基変電設備一式及四十五キロ電気窯二基を買受けたものであるが、斯る機械は容易に他に移転して使用し難い物である。以上の事情を綜合すれば、原告が被告に其の工場並に生活を維持するに足るだけの仕事を提供せずして、只徒らに被告の契約違反を理由として本件の如き特殊の事情のある家屋に対して其の明渡を求むることは、信義誠実の原則に反するものと謂わなければならない、と述べ、原告の賃貸借期間満了の主張に対しては、原告は賃貸借期間満了前適法なる更新拒絶の意思表示を為さなかつたから、借家法第二条により法律上当然賃貸借は更新せられたものであると主張し、原告主張の昭和二十六年度及昭和二十七年度の原告より被告に対する仕事の註文量については、昭和二十六年度分は否認するも昭和二十七年度分は認める。但し被告の為す仕事と原告会社内工場に於て為す仕事とは其の性質が相違するから、被告の仕事量が減少し原告会社内工場に於ける仕事量が増加したからとて、それを以て直ちに被告が原告の発註する仕事を拒絶した証左にはならないと述べた。<立証省略>
三、理 由
被告が昭和二十六年一月四日原告より別紙目録記載の建物を、賃料は一ケ月金五千円にして毎月末日払、賃貸借期間は同日より昭和二十六年十二月末日迄と定め、本件家屋は被告が原告の専属下請工場として使用し、他の業者の註文による仕事を為さざることの条件の下に賃借したことは本件当事者間に争がない。
先ず原告の、本件家屋の賃貸借は昭和二十六年十二月末日限り終了した旨の主張について案ずる。本件家屋の賃貸借期間が昭和二十六年一月四日より同年末日迄の約であつたことは前記の如く、本件当事者間に争のないところであるから借家法第三条の二により期間の定なきものと看做さるることは明らかである。仮に成立に争のない甲第一号証の賃貸借契約第十条により賃貸借期間が昭和二十六年一月一日より同年十二月末日迄の一ケ年間であつたとしても、右期間満了前に原告が借家法第二条第一項により適法なる更新拒絶の意思表示を為したることの証明なき本件に於ては、同条により法律上当然に本件賃貸借は更新せられたものと看做さるるものである。従つて原告の右賃貸借期間満了による賃貸借終了の主張は到底之を採用するに由がない。
次に、原告の、本件家屋の賃貸借については、業界不況の為に被告が原告の提供する仕事のみを以て被告の工場を経営することが出来ない状態に立至つた場合には、被告は直ちに本件家屋を原告に返還し本件家屋より退去することの特約があつた旨の主張について案ずるに、斯る特約が借家法第六条により無効なることは言を俟たないところであるから、此の点に関する原告の主張も亦採用するに由がない。
更に、被告が本件賃貸借の条件である原告会社の専属下請工場として、原告会社の提供する仕事のみを為し、他の業者の為に仕事を為さざることの特約に違反したから本件賃貸借を解除する旨の原告の主張について案ずる。本件家屋の賃貸借につき其の使用目的に関し原告主張の如き右特約が為されたことは前記の如く、本件当事者間に争のないところであり、又被告が本件家屋に於て、原告以外の者の註文による仕事を為したことも被告の自白するところである。
然し被告本人訊問の結果によれば、被告の本件家屋に於ける工場並に被告一家の生計を維持するためには最少限度金二十万円の収入を必要とするものなることが認められるところ、成立に争なき甲第四、五号証、同第六号証の一、二、証人中垣春一の証言及被告本人訊問の結果を綜合すれば昭和二十六年下半期頃より業界不況の為原告が被告に提供する仕事の量が著しく減少していること並に被告が原告より受領する工賃のみを以ては到底被告の工場並生計を維持して行くことが出来ないことが認められる。証人大崎角三郎及同大竹三郎は、被告が原告より提供する仕事を、工賃の低廉を理由として其の引受を拒絶した旨供述するけれども、該供述は被告本人訊問の結果に対比し輙く措信し難い、(仮に被告が工賃の低廉を理由として仕事の引受を拒絶したことがありとすれば、業界不況のため仕事の少かつた時分に、原告よりの註文を断るのであるから、原告の支払う工賃が他の業者の支払う工賃に比して余程低廉であつたと推測するに難くない。原告が其の専属下請工場なることを理由として一般よりも低廉な工賃を以て被告に仕事を強要することは経済的強者が経済的弱者を圧迫することになつて妥当とは認め難い。従つて斯る場合に被告が仕事の引受を拒絶したからとて強ち被告のみを責める訳には行かないであろう。)兎もあれ、原告が被告に提供する仕事が被告の工場並に生計を維持するに足らないものであつた以上、被告が其の工場並に生計を維持するために原告の註文する仕事に差支を生じない限度に於て他に仕事を求めることは蓋し已むを得ざるものと謂うべきである。原告に於て、被告が原告以外の者の註文を受けることを、絶対に禁止するならば、常に被告の工場並に生計を維持するに足る仕事及之に対する業界一般の相場による工賃を支給するか、若しくは被告の収入の不足分を保障すべきである。之を為さずして徒らに被告に対して他の仕事を為すことを禁止するのは余りに被告の営業の自由を束縛するものであつて、公序良俗に反するの非難を免れ得ないであろう。又被告が前記の如き事情の下に於て、原告以外の者の仕事を引受けたからとて、原告が本件家屋の賃貸借を継続し難い程の損害を蒙つたとか或は信頼関係を裏切られたとか云うことも謂い得ないと思われる。斯様に考えれば、原告が被告の右契約違反を理由として本件家屋の賃貸借契約を解除するのは公平の理念に反し、権利の濫用と云うべきである。従つて被告の右契約違反を理由とする原告の本件賃貸借契約解除は無効と解するを相当とする。
仍て以上孰れの理由によるも、原告の被告に対する本件家屋の明渡の請求は失当なるにより之を棄却すべきものとする。
最後に原告の家賃金の請求について案ずる。本件家屋の賃料を一ケ月金五千円と定めて賃貸借契約が為されたことは前記の如く本件当事者間に争のないところである。原告は右賃料は昭和二十七年四月一日より一ケ月金一万円に改訂せられたと主張するが、原被告間に斯る賃料値上の合意が為されたることは之を認めるに足る証拠がない。証人中垣春一は昭和二十七年四月一日に原告会社の社宅の賃料と共に本件家屋の賃料も一ケ月金一万円に値上げしたと証言するが、本件建物は工場であるから、地代家賃統制令の適用がなく、従つて物価庁或は建設省の地代家賃の改訂に関する告示に基いて当然に一定の金額にまで家賃金値上の請求を為し得るものではない。本件建物の家賃の値上を請求するについては、借家法第七条所定の事由がある場合に、之に基き適当な額にまで値上を請求すべく、而して此の値上について当事者間に協議が調わないときは判決によつて確定すべきである。然るに原告は右値上げにつき、被告の承諾も得ず又判決によつて確定せらるることもなくして、一方的に家賃を一ケ月金一万円に値上げすると称して、昭和二十七年四月より同年十月分迄被告に支払うべき工賃より毎月金一万円宛を家賃として差引いた事が弁論の全趣旨及甲第六号証の二を綜合して認められる。原告の斯る一方的な措置によつて家賃が一万円に値上げになる道理はない。(一般住宅についても家賃は昭和二十五年八月十五日より昭和二十七年十二月四日迄値上措置が講ぜられなかつた。昭和二十六年九月二十五日物価庁告示第一〇八号は家賃の値上措置を講じたものではない。本件家屋についても、昭和二十六年一月より昭和二十七年四月迄の間に、家賃を倍額に値上げする程の事情の変更が生じたとは容易に想像し得ない)。然らば本件家屋の家賃は現在も依然として一ケ月金五千円であると解するを相当とするから、原告の被告に対する本訴家賃金の請求は、本件最後の口頭弁論期日迄に弁済期の到来したる昭和二十七年十一月分より昭和二十八年九月分迄の一ケ月金五千円の割合による家賃合計金五万五千円の支払を求むる部分のみ正当として之を認容すべく(右の理由によるときは被告は昭和二十七年四月より同年十月迄の間に於て金三万五千円過払していることになるが、被告は此の点について相殺の主張を為さなかつたから本件に於ては其の判断を為さずして判決する)、其の余の部分は失当として之を棄却すべきものとする。
仍て訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書を適用したる上主文の如く判決する次第である。
(裁判官 松本重美)